アクセス解析
レンタル掲示板
2020.02.17 Monday

二人展『天氣輪の柱』ご好評頂いています。

 

 
ととら堂さん本日定休日。

会期も折り返し地点を迎えました。
これまでお越しの皆さま*ありがとうございました。

明日18日(火)は、あじまちづこさんが午後14時頃から在廊されています。
私もすずめのおひなさまの最終工程の合間に顔を出そうと思っています*


今回の展示会場である古本イサド ととら堂さん。
イサドは賢治の造語であり、
カテゴライズできない現象を表した言葉です。
ととら堂さんも一口に古本屋さんとは言い難いものを放っています。
店主さんが曼陀羅に繋がるような何か目に見えないつながりを
ここの本たちの中に視ておられるからかもしれません。



私のつくるものも、日本でいういわゆる陶芸ではありませんし
ここおぼえがきに何度も書いていますように、
本当はceramistaという狭い意味にカテゴライズされない
このスペイン語がぴったりに思うのですが、
カテゴライズという事自体がそもそもナンセンスに感じています。

実際そんなカテゴライズされない様々な表現をする人たちが、
ここ1年も満たない間に周りに次々に顕れ、ご縁をいただいて、
魂まるごと、この地上で『生(活)きる事』の
本質に届いて在るのを目の当たりにしました。
私もこの道でまちがいなかったのだ、という
自分がいま居る場所を、確認できたように思い、
そういった人々との大切な出会いに感謝しています。



2年前にあじまちづこさんと、
宮沢賢治のテーマで二人展を開催したときに
手ごたえをまったく感じない、表層的な展示となってしまった反省から、
次は会場選びを第一に心に置いて、
あちこちと賢治テーマの展示ができる場所を探しておりました。

あじまさんは賢治のふるさと花巻で探し、
私は神保町の本屋に隣接したギャラリーなど都内を見て回っていましたが
どこもピンと来る場所が見つけられませんでした。



こんな状況のなかでの、ととら堂さんとの出会い。
ととら堂さんは以前から好きな本屋さんで
ちょくちょく出入りさせて頂いて居ました。

ところが去年12月のある日、ととら堂さんの入り口正面に
宮沢賢治コーナーが作られていたのです。
そして店主さまとお話ししていて、
カテゴライズできないというキーワード。
イサドというキーワード。
そして宮沢賢治コーナーの書棚に並べられた雑誌「宮沢賢治」。
賢治の名前を冠した雑誌があるなんて知っていましたか?
賢治と農業
賢治と鉱石
賢治と天体
賢治と・・
各号に様々な分野の専門家が寄稿している稀な、
本当に稀な雑誌の
バックナンバーがここに揃っていました。
よく本屋さんでみかける賢治の本はここにはむしろ少なくて、
今まで見たことがない賢治の研究所やらなにやらが
ぎっしりつまった、ととら堂さんの宮沢賢治のコーナー。。宝箱のよう。

今回の展示にお越しくださった皆様には
合わせてぜひともご覧いただきたいコーナーです。
ととら堂さんの建物の入口入ってすぐ正面の細長の棚です。

展示室はたっぷりの自然光がラスターや金を美しく見せてくれています。
作品たちが深呼吸して喜んでいるよう。振動数が高いです。
閉鎖感が全くなく、作品をご覧いただきながら
自然の鳥の声が聞こえてくるのも、ここ、ととら堂さんの展示室ならではで、
店主さま手づくりのこの木の空間は木の自然な香りがほんのり漂い、
ここは心がある空間。知っている人が作り上げたという安心感。
制作があり在廊日が少ないのですが、私は居るだけでしあわせなのです*
深呼吸深呼吸。
お越しの皆さまが
ここ大好き!と言ってくださり、
作品が空間にぴったり!と言ってくださり、
カテゴライズされない既成概念に縛られない
ほんとうに心地の良い空間で展示させて頂いて、
作品たちにとってとてもしあわせな環境です。
(昨日、食堂ぺいすのるんちゃんファミリーが展示にお越し下さって
『ここ、こんなに気持ちの良い場所あったっけ〜』と、喜んでくださって
まるでお家のようにくつろいで下さっていました。
「自然」のアンテナが非常に鋭いるんちゃんファミリーに
ゆっくりくつろいで頂けたこと、ここで展示をしてよかったと思いました*)



賢治の物語はつくられたものではなく降りてきたもの。
賢治の物語は表層的な児童書ではなく、この宇宙の真理を突いたもの。
それがちょっとでもご理解いただけるようでしたら
望外の喜びです。

どうぞごゆっくり、このととら堂さんの空間の総てをお楽しみくださいね。
 


あじまちづこ MAJO二人展

「天氣輪の柱」

2月8日(土)-24(月祝) ※10,17日お休み
11時-21時 最終日19時迄

会場 古本イサド ととら堂

神奈川県逗子市逗子5-3-39 tel.046-876-8606
JR逗子駅、京急新逗子駅より徒歩5分



ひきつづき参加型ワークショップも参加者募集しています*
ご参加お申し込みは majo_ceramica@yahoo.co.jp まで。


声のリラックスワークでは私MAJOが地元の海で得た、
体を洞窟にして音(声)を出す縄文人の声の出し方(と私が勝手に呼んでいる)を
体感していただこうと思っています。

声のリラックスワークの体感そのままに、
賢治の音の世界を体験していただき、
引き続いて肝に届く声の持ち主、マルヤナナコさんの朗読をお楽しみいただきます。

夜の部では、朗読の後にオーガニック野菜のお鍋を一緒につつきましょう*
 
 



 
2020.02.14 Friday

『天氣輪の柱』 会場より

  
ネットや展示での、作品についての開示は
なるべく限られた場所や人へ向けるようにと心がけています。

ここおぼえがきに何度も
作品は私とはまったくかい離した降りてきたものである、と書いてきましたが、
もし何か私が作品と関わりがあるとしたら、
作品のバックグラウンドに活きている者たちが
この世に生まれるためのお産婆さんとして私を選んでくれたのだ、という説明が
最も事実に近いと思われます。
 
神事(かみごと)に通じている現在の作品たちは、
私の意思や意見とはまったく無関係に、
核にむすびついているので
展示の場所を選び、
お迎えくださる方を選んでいます。

そしてまたどういった場所であっても、
どんなに短い期間であっても
核に結びついたお客様が顕れて、
作品たちをお迎えくださっている不思議。
当初は不思議と思っていたのですが、
作品がそぎ落とされてゆくにしたがい、これが真理のように思われます。
界が異なる人には全く無関係であり、
私自身も異なる界から入って来る雑音から解放されました。
おかげさまで作品へ終結するに必要なすべての集中度が高まりました。

特にここ2年のうちに制作している作品群については
作品が生きているように意思を持ち、
エネルギー波調の荒いものを嫌い、
作品が置かれる場にエネルギーの柱がたてられるかどうか、
それがかなりカギになっていると思いました。
その場所が有名だとかたくさん売れるだとか、とは無関係。

作品展ごとに、ご縁のある方は作品の根をご覧下さって
もはや私には関係なく、
会場で目にする作品とダイレクトに対話を始められて、
豊かに受け取っておられているのだという場面に遭遇するにつけ、
こんな私でも何かの役に立っているのだろうか、という気持ちを励まされます。

私の作品だからという意識は全くないので、
この嬉しさは、繋がりご縁をむすぶことができたお産婆さんの気持ちです。
あの世とこの世。
天と地。

本当にありがたいこと。
心から感謝しています。


 

あじまちづこ MAJO二人展
「天氣輪の柱」

2月8日(土)-24(月祝) ※10,17日お休み
11時-21時 最終日19時迄

会場 古本イサド ととら堂
神奈川県逗子市逗子5-3-39 tel.046-876-8606
JR逗子駅、京急新逗子駅より徒歩5分



 
 
 
 
2020.01.23 Thursday

  
 
















 
時 は贈り物なんだなあ。
贈られた 時 にエネルギーを通し活かすこと生きること。

私に 時 をくれた人たち。
ありがとう。
大切に使わせて頂こう。



2019.12.02 Monday

昨日の晩

 
数十年にもなるおつきあいの古い陶芸窯「cielo」も
(スペイン語で「空」の意味。単に水色をした窯なのでそう命名)
かなり年季が入っていて、いまは新しくやってきた大きな窯「太郎くん」を
稼働させることが多いのだけれど。

昨晩頭の中でcieloのことを考えていて、
サヤがあるからあれをつかってcieloパンを焼いてみようかと思いついた。

サヤというのは、窯の中に入れるさらにちいさな蓋つきの土でできたお櫃のようなもので、
通常はこの中に墨と作品を入れて炭化焼成させるときに使用する。
うちのサヤは荒土を使って自分で作ったもので、数回使用しただけで
私の表現技法と合わなかった為そのまま放置されている。
あのサヤを綺麗に洗ってパンを焼くのに使えないだろうか。
陶芸窯の中に直接パン生地を入れて焼くのは一寸はばかられるものがあり、
けれどサヤに入れてから陶芸窯で焼くのならば衛生的にも問題ないはず。

陶芸の焼成温度に比べたらパンの焼成温度はその6分の1程の低さなので
ご老体のcielo にムチ打たずとも楽に焼ける。

なんだかとても良いことを思いついたように思えて
昨晩はワクワクとしてしまいました。
 

写真は今朝の太郎くんの窯出し。
今回のラスター釉はことさらキラキラと輝いて
これまでとはまた違うものに焼きあがっています。
釉のなかにふくまれる元素が綺麗に結び合っているのが分かります。
丁度焼成時が厳しい寒さの日でしたので、外気温の低さ、
そして炉内の窯詰め状況も、大きな個展前という事で今回はぎゅうぎゅう一杯だったので、それぞれの偶然が重なりあったのでしょう。
同じものは二度とできない面白さが、このラスター釉に顕著に顕れています。

ほんとうにこの世界は趣あって面白い。


 
2019.11.28 Thursday

点滴堂企画展「花ざかりの森 2019」〜たまてばこ

 
今年の年賀状に「たまてばこあけましておめでとうございます」
とお祝いさせて頂いたのですが、
世の動きも、自分自身にとっても

まさにたまてばこが開いたような年となりました。

大きな切り替わりの時期。
この一年を振り返ってそれを感じます。

現在、点滴堂さんに出展させて頂いて居ます

うさぎとすずめのふたつのたまてばこ開いた作品より。

(うさぎのほうは壁掛けにもなります)

 





点滴堂企画展「花ざかりの森 2019」

11月20日(水)-12月1日(日)
12:30 - 21:00 月・火定休

会場 点滴堂 →アクセスhttp://tentekido.info/access.html
東京都武蔵野市中町1の10 2階
tel.090-6796-5281

*****

「点滴堂」は、ギャラリースペースのあるブックカフェ。
三鷹駅 北口 歩いて5分のちいさなお店です。
書棚の古本は、販売もしています。
作品の展示を楽しみつつ。
お気に入りの1冊を選びながら。
おいしい珈琲をご賞味ください♪

(点滴堂公式サイトhttp://tentekido.infoより)


 
2019.09.19 Thursday

家の修復工事始まりました

 


昨日までの日常が突然無くなってしまうことが現実に在るとは、
自分が被災者になるとは、
おそらく多くの人は自分の現実として思ってもみないでしょう。
私もそうでした。

昨日と今日が鮮やかに一変する
その自然の大きな力にはやはり敬意しかありません。

被災直後のおぼえがきにも書きましたが、
怖いという感覚はなぜかなかった。
それは思うに日頃から
海と山に自らの細胞ごとすっかり溶け込んでしまっていたから。
だから地震があっても津波があっても台風が来ても、
自然を信じている自分が居ましたし、
いまでも変わらず心から自然が大好きですし
並々ならぬ浄化をもたらず台風にもワクワクします。
そういう自分の心を確かめることができて幸せです。

2011年の東北関東大震災の後、多大なる津波の被害を受けた三陸の漁師さんが
『今でも海が大好きだ』とおっしゃっていた気持ちが
そのままいまの私の実感です。

狭い視野のなかで生きていたら
二項対立で物事を見て
気に入らないものには蓋をして
それで終わったように見せかけることもできるのでしょう。
けれど自然は・自然の生き物たちは、
二項という息苦しい狭さを優に超え、
立体的に立ち上り、
全てを包み込み調えてくれます。
調える方向に動いてくれます。
その自然の中の一粒に自分が居る。
それが真の姿です。
その実感を、今回、魂の奥で得たことが何よりの宝物だと思っています。

だからほんとうは魂は自然がおこなうことに対して「被災」なんて
ちっとも思っていないんです。
きっとこの感覚は私だけではないと思います。
全ての人の魂はまちがいなく大自然の子ですから。

もし災いと感じることがあるとすれば
それは人の魄が起こしたことだとわかるでしょう。

今回無事に救出できた本のうち、
菅原道真公が魂魄について書かれた本を、
落ち着いたら改めて読み返したいといま思っています。


2019.09.12 Thursday

避難生活4日目

 


今朝、工事準備中のうちの屋根を見上げると応急処置のブルーシートが見えました。


今回初めて知ったのですが、この家の屋根はトタンでした。
すこし背の高い家ですので、屋根が見えないんですよね。だから知らなかった。

母屋は築90年くらいの古い日本家屋で、
私の家はこの頑丈な母屋にくっついて建て増しでたてられていたので、
倒壊を免れました。
台風直撃の国にトタンはだめだよね。
屋根が飛ぶと連動して壁も弱まる。
台風通過のタイミングでぎりぎり救われました。
トタンって素材、日本の由来じゃないよね、と思って調べてみたら
ポルトガル語のtutanagaが語源のようです。
毎年台風が来る国には似つかわしくない建材ですね。

トタンでなくとも、
いまの建築では30年もてばいいという考えでたてられているのですね。
私の今回の家は大家さんによると築50年くらいだそうですが、
近所のかたのお話では、
私が住む前々回に住んでいた人の時も
屋根がダメになって雨漏りがあったと聞きました。

今後、風雨の祓いは更に強いものと成って行くように感じます。
(怖がらせよう書いているわけではなくて、
その先の善き日に向けてという意味です)

屋根がなくなるとどうなるのか初めて今回体験したのですが、
当然家の中に雨が降り、壁という壁は白糸の滝のよう。
柱は華厳の滝。
建材に使われていると思われるケミカルな物質も流れ出し、
室内に降る雨は黒く、
ケミカルなにおいもひどかった。
それが翌日お空は晴れていても続きました。
また、土壁が水を吸っていて、
翌日になってもその為なかなか室内の雨は止まらない。


台風直撃の晩は、できる限りの荷物を母屋へ運び出し、
そして明け方、雨あしが弱まったので、もう大丈夫かな、と思ったのですが、
父親が「家具類も運び出したほうがいい」と。
今思えば的確な判断でした。
(ちなみに父親は伊勢湾台風経験者。)

まず、屋根がない土の上に立つ家は、いつまでも湿気が抜けず、
台風一過のお天気とはうらはらに、どんどん家の状態は悪くなってゆきました。
壁が崩れ、床が持ち上がり、天井は膨らんで落っこちてきそう。
あの中に家具類を置きっぱなしにしていたら、確実にダメになっていたことでしょう。
母屋が無傷だったのもほんとうに幸いでした。

そして昨晩、ちょうど窯を焚いたこともあって、
(工房もダメージ受けているので、窯が稼働することが在り難い!)
ようやく今日になって家の中が乾いてきた感じがします。
床も壁も天井も惨憺たるありさまですが・・

闇の中、雨にぬれながら過ごした一夜は、貴重な経験でした。
恐怖というものはなく、ただただ黙々と何も考えず荷物を運んでいただけ。
ただそれだけでした。
今日になって改めて気づいたのですが、
私が真っ先に運び出したのは本でした。

幼いころからの、私の成長と一緒に沢山に増えた本たち。
沢山学ばせてもらいました。
電化製品より服よりなにより、まず本を一番に救った。

ちなみにパソコンの事に気づいたのはけっこう後の方で、
気づいたときには、ノートパソコンがずぶぬれになっていました。
が、いまこうして稼働しているのは本当に幸いです。
後日『意外とパソコンでぬれても大丈夫なんですね』と
大家さんに言ったら『普通はだめですよね。。』と苦笑されていましたが。。

去年6月の体調不良の時にデジタルなものが常に電源が入ったまま身近にあるのが
気持ち悪くなるので、それ以降、
寝る前や、しばらく使わないときはパソコンの電源を落として、
更にコンセントを抜くのが習慣になっています。
ノートパソコンですので上蓋もパタンといつも閉めています。
それが今回功を奏したように思います。
閉められた蓋の上は水浸しでしたが、水が中には入っていませんでした。
またコンセントもいつものように抜いていたので不具合も起こらなかった。
日常の習慣ってこういうときに生きるんだな。。。と変に感心したり。

もちろん、今回けが人が身の回りに誰も出ておらず、そのうえでのことですが、
自分が本当に大切にしているものが、改めてよく分かったように思えました。

濡れた本たちは今母屋の縁側にならべて乾かされています。
よれよれになってしまいましたが、いとおしい。
(写真は小学3年生のときに買ってもらった「火の鳥」。
あんぱんまんは、幼稚園の時のもの。)



台風に飛ばされたうちのトタン屋根は、
裏の家の瓦屋根を破壊し、
さらにその向こう遠くの空き地に落ちていたそうです。


2019.09.08 Sunday

嵐の前に

 





海はけっこう荒れていましたが、日曜ということもあって
海には思ったより人出がありました。

ちいさな女の子がお母さんと波打ち際をさんぽ。
『おかあさん!台風って楽しいね!』
そして大きな波がくるとその波と格闘するポーズ。
夢中になって波に入ってしまう女の子を
お母さんが「もっとこっちに来なさい」といざなう。

うん、その気持ちわかる。
私も子供の頃、台風の時は何か特別な感じがしてわくわくした。

おそらく震災以降とくに顕著に感じますが、当然とはいえ
今の風潮ではそういう気持ちを素直に言いにくいような気もするのだけれど・・・
この女の子の一言のおかげでふわあっと解放された。

閉じ込めていたもの 解き放つ。

こころのままに自然に沿っていこう。


すぐそこまで龍が来ています。


2019.09.01 Sunday

土に顕れるかたち 〜企画展『わたしの人魚姫』

 
今回とくにカップの形をしたものは、
高台の形状の繊細さ優しさ嫋やかさが人魚に相応しいものと成るように
ロクロ&削りで成形させてもらいました。
ぜひお手に取ってご覧くださいね。
カップのものは私にとって立体造形作品で、
存在するかたちまるごと全体で一つの宇宙です。

ロクロで土をひいていると
本当に自分が土の振動そのものだという事を思い出すようで
懐かしいような温かくて安心できるような
この星の大地とのここちよい一体感があります。
この感覚はもしかしたら、
人魚が海原と一体となって泳ぐ感覚の再現になっているのかもしれません。

造形彫刻と同じで、カップの形状も千差万別、そのバランスが個性を決めます。
ちょっとした高台の形の変化でイメージが変わります。
高台大事。
故に古来陶芸の世界では、
うつわ通のかたはよく、手に取って高台からご覧になりますね。

器の立体的な形状と絵付けも当然ながら
それぞれの形状ごとに密着にかかわりあっています。
ですからロクロでかたちをひいている時点で
その器に施す絵柄がすでに心に浮かんでいることが多いのです。
全てが自然に流れるように連動しています。

人魚の住まう場所としてふさわしいうつわの形状はいわば龍宮。
今回は龍宮としての器になりました。
高台も含めてうつわ丸ごとの世界をどうぞお楽しみください。









企画展 『わたしの人魚姫』

8月28日(水)-9月8日(日)月・火曜定休 12:30-21:00

会場 点滴堂 東京都武蔵野市中町1-10 2階 tel.090-6796-5281
アクセス 三鷹駅 北口より徒歩5分


2019.08.30 Friday

神話の記憶 〜企画展『わたしの人魚姫』

 


男性性を感じる女神(人魚)。

陰陽のむすびの法則。
この人間界に於いては男性性は陽、女性性は陰とされる。
けれど
陰のなかにもちいさな陽が
陽のなかにもちいさな陰が
それぞれ含まれている。

陶芸を始めたころに、
大学の教授から物理化学的な視点からのお話をお聞きした。
火の中にも少量の水が含まれている、ということがとても興味深かった。
100%の火だけでは燃えることができないのだ。

ちなみに陶芸家となる人は深く学びを進めるうちに
ふたての道に分かれるそうで、
・ひとつは物理化学的な陶芸の道へ
・もう一つは感性と造形の陶芸の道へ
陶芸の深層にはそのどちらをも兼ね備えている。
この二つの道を、古神道的に「顕界」と「幽界」と言い換えてもよいと思う。
自分に照らせば、圧倒的な幽界のなかにちいさな顕界が含まれて
作品の陰陽がむすばれていると感じます。
(狙ってそうしたわけではなく、図らずも、ですが)




瀬織津姫という縄文の古い女神がこの地上に顕れた発祥として
天からやってきたという物語がある。

ある種の隕石というのは生命で
(自然物に神が宿る日本の八百万神の認識と同じように)
その隕石が地球の強い引力に引き寄せられてこの地上に落下するのだけれど、
それが海に落ちるものもある。

隕石に宿る生命
(魂だとかエネルギーだとか言い換えてもよいのだと思う)が、
深い海の底から、地上に、天に、惹かれ憧れ想い続けるというのはありそうな話だ。

アンデルセンの人魚姫という物語は、
深い海の底の人魚が王子に惹かれ、夢破れて泡となり、
物語の最後に人魚姫の魂を救済する天使から天へ昇る約束を言付けられる。
(原作を読むと物語の最後には人魚姫は肉体を失い、魂になっていますね)

このアンデルセンの人魚姫の物語の骨格も
宇宙からやってきた隕石に乗ったエネルギーが深い海に落ち、
その強い生命エネルギーで海を司り、
やがて後に瀬織津姫と成って地上に顕れる神話と波長がとてもよく似ている。

宮沢賢治も不可視のものを見通す方でしたが、
アンデルセンもその過酷な幼少期・青年期を経て
この現世(うつしよ)の元(核)となる世界へ繋がっていったのではないかなと
今回の企画展に参加させていただいて気づき、そう感じたのでした。



企画展 『わたしの人魚姫』

8月28日(水)-9月8日(日)月・火曜定休 12:30-21:00

会場 点滴堂 東京都武蔵野市中町1-10 2階 tel.090-6796-5281
アクセス 三鷹駅 北口より徒歩5分


Calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< April 2020 >>
生活をみなおそう
                       
MAJOホームページ
http://majo.moo.jp
MAJOへの仕事のご依頼
展覧会や販売、作品のお求めやお問合わせは まずはメールにてご連絡下さい。 majo_ceramica@yahoo.co.jp
Profile
MAJOプロフィール
 
Live Moon ブログパーツ
 
Selected Entries
Categories
Archives
Recent Comment
Profile
Search this site.
Others
Mobile
qrcode